三十路たぬきの日々是好日

大学で働く三十路の多趣味男が、仕事や事実上事実婚状態の事実に苦悩しながらも前に進もうとする日々を素直に綴っていきます。教育、仕事、マインドフルネス、事実婚、趣味のお話などなど

大往生の祖父を見送った日のこと。こころから頑張ろうと思った。

祖父が亡くなった。

96歳の大往生である。

大正11年に生まれて、戦争にもいき、復員後は先祖が開拓した土地を必死に守って、何もないところから花を育て、造園の修行をし、植木屋を立ち上げて94歳まで畑に出続けて必死に働いた。

私の父を含めて、子どもは三人いたが、三人とも私立の大学に通わせた。

 

高度成長期の真っ只中、大学進学率さえまだ高くないあの時代、私立大に三人の子どもを全員進学させたなんて、本当にとてつもないことだ。半端な働きっぷりではなかったろうと思う。

 

離れて暮らしていたから、おじいちゃんに会えるのは年末年始やお盆に限られたし、長い時間を一緒に過ごせた訳でもない。

だけど、一緒に五目並べをやって遊んだり、木の品種や植え方を教えてくれたこと、ハサミの研ぎ方を教えてくれたことは今でも良い思い出だ。

私の植物を育てたり、野菜に興味を持ったり、土いじりが好きな気質は確実にじいちゃんから引き継いだものだろうと思う。

 

昔気質で気難しいところもあったけど、私にとっては優しくて、涙脆い、そしてカッコいいじいちゃんだった。

 

昨日と今日で葬儀・告別式が執り行われた。

すごく細身の体型だったけど、戦争をくぐり抜け、日の出と共に畑に出て、94歳になるまで働き抜いたじいちゃんの骨は、親族全員がびっくりするくらい骨太だった。

 

お別れのときはやっぱり悲しい。

出棺の時は堪えていたけど涙が堪えきれなかった。だけど、あんまり湿っぽいのはきっとじいちゃんも不安に思っちゃうと感じてグッと持ち直した。

 

昨日の夜、母に「生まれかわりってあると思う?」と聞かれたけど私はあると思うし、四十九日に来世の行き先が決まるまで現世にとどまっているというのもそうなんだと思う。

 

母曰く、臨終の連絡が入る数分前に、手動で操作しない限り点灯しない目覚まし時計のナイトライトが突然点灯したという。

 

勘がよく、良くも悪くもじいちゃんと本音のやり取りをしていた母に、じいちゃんが何かを報せに来たんだと思う。

 

だから四十九日を迎えるまではきっと近くにじいちゃんはいる。今日も焼場で骨になった自分をみて自分の骨の立派な様に一緒に驚いていたかもしれない。

 

子ども達の為に、先祖の土地を守る為に必死に大正、昭和、平成、令和の四時代を生きたじいちゃんにはきっと閻魔様も迷うことなく天国行きの切符を渡してくれると思う。

 

だから遺された者として、孫として、じいちゃんが安心して旅立てるようにしっかりと地に足つけて頑張っている姿を見せてあげたい。

そして、じいちゃんの一生をもっと知りたい。

必死に守った畑が今後も残るよう、少しでも力になりたい。

 

精進落としが終わって、家に帰ってきてから、でっかい声で般若心経と光明真言を唱えた。

明日は仕事に戻るけど、すぐ側にじいちゃんを感じながら頑張ろうと思う。