三十路たぬきの日々是好日

大学で働く三十路の多趣味男が、仕事や事実上事実婚状態の事実に苦悩しながらも前に進もうとする日々を素直に綴っていきます。教育、仕事、マインドフルネス、事実婚、趣味のお話などなど

自分に自信をもって自分らしく生きていくための3つの考えのコツ

「自己肯定感」

読んで字のごとく、自らの事を肯定する感覚。

他人から認められる事は難しいけど、せめて自分自身くらいは自分の事を信じてあげたいと思うものです。

ところが失敗が続いたり、よくない事が続いたりすることで自信を喪失すると 自分の事ですら自分で認めてあげることが難しくなってしまう時があります。

こういう時って本当に苦しいです。

頼れる人もいない。評価してくれる人もいない。当の本人ですら自分のやろうとしている事に自信が持てない。「なんてダメな奴なんだろう」「どうせうまく出来っこない」「また失敗するに決まってる」こんな思考に陥ってしまうと上手くいくもの上手くいきません。

案の定、失敗して上司に叱責され「どうせ俺なんか…」という負の思考の無限ループに陥ってしまうことになってしまいます。

 

実は最近の私自身が、そんな感覚に陥りかけていました。でも、ふと立ち止まって、ちょっと考えを見直す事で、ストンと気持ちが落ち着く事が出来ました。

今日は自分に自信をもつことで自分らしく生きていくための3つの考え方のコツについて紹介したいと思います。

 

 他人と自分を比較しない。人間は比較なんてできやしない。

私自身が経験したお話です。そして多くの方が感じたことのあるよくある話だろうとも思います。

私はこれまでいろいろな部署に異動をしてきました。新しい部署にいくと一から仕事を覚えなおさなければなりません。初めての仕事に挑戦するときは失敗も沢山します。

私の前任者は知識も経験もあって、自分自身の発想とアイデアでバリバリと仕事をこなすとても優秀な人でした。契約職員さんやパートさんにもビシッと業務の指示を出すことのできる「デキる人」というイメージでした。

 

そんな人に比べて、私は新しく担当する業務に関してはズブズブの素人です。わからないことばっかりだし、一つの業務をこなすにしても前任者の5倍くらい時間をかけなければならないし、契約さんやパートさんにも教えを請わなくてはならないし、判断するにしても自信が持てずに、契約さん達の意見を聞きながらおっかなびっくり業務をしていました。

 

前任者と比べて仕事のできない自分がふがいなくて悔しい思いもして、苦しい気持ちにもなりました。でもある日、前任者と一緒にお酒を飲む機会がありました。そんな時にこんなことを言われました。

 

「たぬき君がうらやましいよ。まだ若いし、いろんな業務をこれからどんどん吸収していくことが出来るし、わからないからと考えこまずに周りの人に素直に意見を聞きながら仕事をすることもできる。俺なんか一つの業務に長いこと関わり過ぎた上に、なまじ役職までついちまった。おかげで弱みを見せることもできないし、よくわからなくても判断をしていかなければならない。それでいて失敗したら責任ばっかり取らなければならないしね。特にたぬき君の誠実で、わからないことをわからないと言って素直に周りに教えを請うようなことは自分にはどうにも上手くできないよ。」

 

先輩からしたら私の立場がうらやましいというのです。しかも人に素直に「教えてくれ」と言えることがうらやましいと。

からしたらびっくりすることでした。あのバリバリ仕事のできる先輩が自分のそんなところをうらやましいと思っているなんて思いもしないことだったからです。

 

「隣の芝が青く見える」とはよく言ったものです。自分が持っていないものを持っている人のことはうらやましく見えるものですが、自分の何が他人にとっての「芝」なのか分かったものではありません。

百人いれば百通りの才能と性格があります。それを比較して優劣や幸不幸について判断することは誰にできるものではありません。

 

他人と自分を比べてがっかりするときは、きっと心が疲れているのです。

疲れた心にいろいろな良くない妄想が雨雲のようにモクモクと膨れ上がって、ときどきピカッと雷が光るがごとく、疲れた心を脅かしているのです。

自分はどうしたいのか、自分はどうありたいのか。それを決めることができるのは自分自身をおいてほかになく、それを他人にとやかく言われる筋合いはこれっぽっちもありません。

「自分はこうしたい」と決めたことに一生懸命になれているのであれば他人と比べてどうだとか、他人にどう思われているかとか、他人のことを考えるヒマもなくなります。

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もう一人の自分で自分の心を監視してみる

お坊さんっていつも落ち着いた立ち振る舞いをされていますよね。

その姿はとても自信に満ち溢れて堂々としているように見えます。

あるお寺でお坊さんの説教を聞いているときにこんな話を聞いたことがあります。

 

「自分の中に湧き上がる感情に正面からぶつかってはいけません。感情にゆだねることがいい場面もありますが、多くの場合冷静に自分自身を受け止めたほうが、心が乱されることなく、ものごとをやり過ごすことができます。そのためには『今、むかむかっとしてきたなぁ』『いま緊張しているぞ』と、もう一人の自分に自分自身の心を監視させることです。自分を客観視してみることができれば、感情に振り回されることはありません

 

心理学的にはこうした「もう一人の自分を生み出すこと」を「メタ認知」と言うんだそうです。

以前、コーチングの技法を学んだときにも耳にする機会がありました。メタ認知によって自分の感情が「動く」瞬間を理解することで自分の感情の「クセ」を理解することができるようになり、自分の感情が動く瞬間に「おっと」と一歩感情から距離を置くことができます。

 

でもこのメタ認知って意識していないと案外難しいです。

案外有効なのが「鏡に映った自分に向かって話しかけること」。

「今日は忙しかったけど、よく頑張ったね!」

「怒られちゃったけど、自分のなかのMAXは出せたよね!」

鏡のなかの自分を励ましてあげることでちょっとづつ、ちょっとづつ自信がついていきます。

 

すぐには、というわけにはいきませんが心の習慣として心がけていくと、少しづつではありますが負の感情に振り回されないようになっていきます。

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今、この瞬間を生きる

不安になったり、心配事で頭のなかがいっぱいになるときって得てして「今」から心が離れていってしまっています。不安や心配ごとは「あの時、ああすれば良かったなぁ」「あの仕事うまくいくかな。どうしよう」と過去か未来のことについて思いを巡らせていることがほとんどです。

「今」から心が離れてしまってはやるべきことに力を注ぐことができません。

私が大好きな森見登美彦さんの「有頂天家族」にこんな名台詞があります。

 

有頂天家族 (幻冬舎文庫)

有頂天家族 (幻冬舎文庫)

 

世に蔓延する悩み事は大きく二つに分けることができる。一つはどうでもよいこと、もう一つはどうにもならぬことである。そして両者は苦しむだけ損であるという点で変わりはない。

つまり、悩み事などすること自体が損ということです。

過去の失敗や未来の心配に頭と心を一杯にしたところでどうにもなりません。済んでしまったことを省みるでなく、くよくよとしても何の役にも立たず、やる前から心配したところでうまくいくわけでもないです。

 

そうであれば、目の前の「やらねばならないこと」に没頭するほうがどれだけ精神衛生上よろしいことか。おまけに雑念なく取り組むことで無駄なく、そのときの最大のパフォーマンスができることでしょう。

 

お坊さんの毎日の炊事や清掃といったいわゆる「作務」も、きっとここに通じるのではないでしょうか。お皿洗いに没頭する。掃除に没頭する。それをやっていることは余計なことは考えず、今この瞬間のことに集中する。

 

その最中は、不安や悩み事など湧いてくることはありません。湧いてくるとしたらそれは目の前のことに集中できていないということでしょう。

これも心がけ一つで実践できることです。不安に責めさいなまされている人には是非とも実践して欲しいと思います。

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まとめ

人間のアタマって、良くないことを考えることが得意です。過去の辛い体験を夢に見てうなされることはあっても、過去のハッピーな思い出を夢に見て幸せな気持ちで目覚める人はあまりいないでしょう。

良くない感情や考えって隙あらば心を支配しようとします。でも毎日のちょっとした考え方や、仕事や作業への取り組み方の姿勢を変えるだけで、そんな邪心をシャットアウトし、良い方向へ向かうことができるようになります。

それが習慣化できるようになれば、きっとどんな窮地や土壇場に陥っても自分を信じて堂々と立ち向かうことができるスーパーマンになることが出来るんじゃないでしょうか。

偉そうにいろいろ書いてきましたが、私自身もまだまだ弱い人間です。これを読んでくださっている誰よりも弱いかもしれません。でも自分へ言い聞かせるつもりも含めてこの記事を書きました。

目の前のことに一生懸命取り組んで、頑張った自分を自分で認めてあげられるように私も頑張りたいと思います。